戦略なき国家のコーポレートガバナンス 北方領土の憲法問題

 北方領土問題そのものはすぐれて外交的問題であり容易に解決できるものではない。しかしここで留意していただきたいのは日露両国の主張が完全に隔たっているという厳然たる事実だ。このような国家間の領土に関する主権的争いは、残念ながら過去の歴史上戦争以外の手段で解決されたことはほとんどない。そしてわが日本国憲法はまさにそういう戦争を自ら放棄していると一般に考えられている。戦後日本は自ら解決手段をもたない大問題を抱えて出発したのだ。「諸国民の公正と信義に信頼して」制定されたわが憲法の平和主義はその出発時からすでに軍事的不法占領によって蹂躙(じゅうりん)されているのだ。
 しかし問題はそれだけに留まらない。わが政府は北方四島の旧島民の有していたさまざまな権利を保護強化または補償するどころか、それらの大半を「在外資産」として扱い、すでに「消滅した」ものとし続けているのである。いったい世界中のどこの国の政府が自ら固有領土と主張している領域の自国民の権利を「消滅した」と取り扱っているであろうか?相手国から言われしぶしぶ認めるのならまだ分かるが、日本政府自ら「消滅した」ものとしているのである。これでは「そこは日本の領土ではありません」と自分で宣言しているようなものではないか。対外的に固有領土であると主張するならなおさらそこの旧住民の諸権利を守り、主張の整合性を補強しなければならないと考えるのが当然の戦術的帰結のはずだ。
 百歩譲って仮にこの対外的論点を考慮しないとしても、実効支配が及んでおらず正当な権利が行使できないことのせめてもの代償として、国家は対内的には旧住民に対してできうる限りの代替補償措置を講じなければならないのではないか。典型的な問題は旧漁業法に基づく漁業権だ。旧漁業権は物権とされており、戦後全国の他の地域ではいったん国が買い上げ補償し、その代替として現在のような海面許可漁業に切り替えられている。ところが北方四島に関してはこのような措置は講じられずに放置され、旧島民の保有する物権としての旧漁業権が一部更新登記され存続している状態である。固有領土に係る権利は他国の不法占拠で凍結・制限されることはあってもけっして消滅はしない。法治国家の当然の論理的帰結である。
 法律的権利が存続しているのであればわが憲法の規定する基本的人権である憲法29条「財産権の不可侵」憲法14条「法の下の平等」は旧島民にも保障されているはずである。旧漁業権に関してまず国は速やかに法律上存続している権利について他地域同様の補償代替措置を講じなければ憲法29条と14条違反の疑義があるといわれてもやむを得ない。権利の買い上げ補償と転換は実効支配の有無に関係なく行いうるからだ。次にその権利が行使できない不利益を誰の負担に帰せしめるかであるが、前述のとおり北方四島は国家が領有権を放棄した「外地」ではない。固有領土であるとの主張を維持しつつも権利行使を保障できないのであれば、その負担は国が背負うべきではないか。少なくとも喪失した在外資産としての補償も受けられず、国内の資産としての平等取り扱いもされない状態はわが憲法の予定するところではないはずだ。



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野村 隆(のむら・たかし)
1953年兵庫県生まれ。
東京大学法学部卒業後、自治省(現総務省)入省。その後、外務省、国土省、郵政省、千葉県庁、岐阜県庁、熊本県庁、三重県庁などを経験。自治省企画官などを経て、2000年より徳島文理大学教授。大学院で地方財政制度論、組織経営統治論、電子政府論を担当している。
著書に「連邦制究極の地方分権」(ぎょうせい)、「自治体国際化戦略データファイル」(ぎょうせい)など。
コーポレートガバナンス協会副理事長。