解散総選挙国家のコーポレートガバナンス 解散総選挙国家のコーポレートガバナンス
 郵政法案が参議院にて否決され、衆議院の解散総選挙が決まった。国会の審議に対し、国民の声が届く、最大のチャンスだろう。8月13日、14日に行なわれた毎日新聞の世論調査によると、今回の一件で小泉内閣への支持率は上がっている。発足当初の驚異的な支持率から比べると、現在の内閣支持率51%とは、心もとない数字であるものの、国民の関心の高さは否定できない。しかし、支持する理由を見ると「指導力」や「政策」ではなく、「政治のあり方が変わりそうだから」が、群を抜いたポイントを獲得している。さて、今回はtCG理事である二人の専門家によるそれぞれの視点で、国家のコーポレートガバナンスについて考えてみたいと思う。

解散は正当か
 参議院で郵政関連法案が否決されただけなのになぜ衆議院の解散なの?という声をよく耳にする。参議院も解散できるのであればそうするのだろうが、参議院には解散という制度そのものがない。ともすれば忘れられがちだが参議院議員の任期は6年で固定しており、3年毎に半数が改選される。だから解散のみならず「総」選挙も衆議院にしかない。内閣の意思と国会の意思が食い違ったときに国民が投票によって軍配を上げ決着をつける、それが解散総選挙なのだ。総選挙において示される国民の意思は、国民主権国家の方向性決定において憲法上最高の価値が与えられている。困ったときの神頼みとよく言うが、解散はいわばプロの政治家だけでは決着の付かない膠着状態を「民の声」によって打開する究極の手段といえるのだ。今回内閣が最重要課題と位置づけてきた法案が国会で否決されたのであるから、事実上の内閣不信任と考えて解散に踏み切ることは正当な選択肢の一つである。


 解散はいつでもできるのか?この点は実は新憲法下の初めての解散のときから争われた基本的問題だ。憲法は69条で内閣不信任成立のときの解散を定めているが、はたしてその場合だけに限られるのかという問題である。現憲法を素直に読めばそのような感じがするし制定当時はそのように考えられていた形跡もあるが、実際には7条(天皇の国事行為)を根拠に解散できるという慣行が確立してしまっている。7条解散なら時季的制約はない。

第7条 【天皇の国事行為】
天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
国会を召集すること。
衆議院を解散すること。
国会議員の総選挙の施行を公示すること。
国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
栄典を授与すること。
批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
外国の大使及び公使を接受すること。
儀式を行ふこと。

第68条 【国務大臣の任命及び罷免】
内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。

第69条 【内閣不信任決議の効果】
内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
 7条解散論は1948年11月東大の宮沢俊義教授が、新聞紙上で「国会の解散は憲法69条でできるほか、第7条によってもできる」と主張したことに端を発する。その理由は「第7条は天皇の国事行為として国会の解散を認めており、それは内閣の助言と承認に基づいて行われる。したがって解散権は内閣にある」というものであったが、これに対して憲法制定に重要な役割を果たした連合国総司令部(GHQ)のホイットニー民生局長は、「国会の解散は、第69条によってのみ行われる」との談話を発表し、第7条説は旧天皇制の思想につながると反論した。

 結局政府は法制局の見解に基づき「解散権は内閣にあり」との解釈を確定させ、内閣不信任成立を踏まえて「日本国憲法第69条及び第7条により解散する」という解散詔書により解散が行なわれた。以後7条による解散は実務的にも定着し、幾度もの解散が7条のみに基づいて行われてきた。1993年宮沢内閣のいわゆる政治改革解散の時には、内閣不信任案が可決されたにもかかわらず69条ではなく7条のみを根拠に即日解散された。

 69条か7条かは単なる形式上のことのように考えられがちだが、内閣(総理大臣)がいつでも任意に衆議院を解散できるかどうかは立法府と行政府の基本的関係を律する統治機構上の重大問題であるし、政治的にも大きな違いが生じる。天皇の国事行為を列挙した7条に内閣の権限が創設的に謳われていると考えるのは少し無理な感じもするので、憲法に素直に明文で書き込んだほうがいい問題だ。少なくとも解散権が総理の「伝家の宝刀」だという言い方はこのような憲法解釈に立脚しており、憲法に「いつでも抜ける」任意の解散権が明確に謳われているわけではないことは明記すべきだ。次へ>>


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